サイエンスの香りがする日記

実体験や最新の科学技術をコミカルに綴ります。

リチャード3世の人生とは?古代ローマ人の食生活とは?同位体分析が考古学に新たな視点を与える。

f:id:hjk_sci:20220105034023j:plain

15世紀のイングランド王であるリチャード3世。

 

2014年の論文によれば1)、彼は幼児期をイギリス東部で過ごし、7,8 歳頃はイギリス西部へ。そしてその後、再びイギリス東部へと移動し、王様となったようです。

 

リチャード3世はシェイクスピアの作品に描かれたことで有名な人物ですが、この論文が出るまで彼の若い頃の行動はあまり分かっていませんでした。足跡を記した文献が残っていなかったんですね。

 

では、論文の筆者たちはリチャード3世の足跡をどうやって明らかにしたのでしょうか。



実は、彼の遺骨を同位体分析したのです。

 

歴史上の人物の足跡を明らかにする同位体分析

f:id:hjk_sci:20220105034147j:plain

図1 原子の模式図。

 

同位体というのは、同じ元素ですが、原子量が異なるものです。炭素原子だと、原子量12、13、14の同位体がありますね。

 

考古学で同位体分析と聞くと、炭素年代測定を思いつく人が多いでしょう。炭素年代測定では、放射線を出しながら崩壊していく“放射性”同位体を利用します。原子量14の炭素ですね。

 

一方、今回紹介したい技術では“安定”同位体を利用します。安定同位体放射線を出さず、半永久的に減少せずに存在します。例えば原子量12と13の炭素がそれです。

 

この安定同位体の存在量比である"同位体比"が計測対象になります。この同位体比というのは、同じ物質でも地球上の場所によって異なるのです。

 

例を挙げないと分かりづらいですよね。

 

例えば、酸素原子と水素原子で構成される水の場合、アメリカと日本の水では酸素の同位体比が異なる値になります。

 

なんでそうなるの?と思う人は参考文献2,3)を読んでもらうとして、ここではそういうものだと納得して先に進みましょう。

 

僕らが水を飲んだり、食べ物を食べたりすると、それらを構成する原子が僕らの身体の一部分になります。文字通りの意味で、”You are what you eat”なわけです。

 

つまり、アメリカの水を飲んで過ごした場合と、日本の水を飲んで過ごした場合で、僕らの身体の同位体比は変わってくるのです。逆に言うと、身体の同位体比を分析すると、どこに住んでいたかがある程度分かるということです4)

 

考古学では、この同位体分析を歴史上の人物の遺骨に適用するわけです。

 

さて、リチャード3世の話に戻りましょう。

 

リチャード3世の遺骨の同位体分析

f:id:hjk_sci:20220105034300j:plain

図2 リチャード3世5)

 

シェイクスピアが「リチャード3世の悲劇」の中で、背骨の曲がったヒキガエルという特徴的な男として描いたせいもあり、本当はどんな人で、どんな生活をしていたんだろうという研究が多く行われています。

 

リチャード3世の遺骨は2012年にイギリスのレスターで見つかっていて、背骨は曲がっていましたが、シェイクスピアの話ほどではなかったようです6)

 

そして2014年に出た論文では、リチャード3世の遺骨を同位体分析しています1)

 

論文では、酸素とストロンチウム同位体分析を行っています。ストロンチウムはカルシウムと化学的特性が似ているので、骨に取り込まれやく、同位体分析に良く使われます7)

 

上で書いたように、酸素の同位体比は飲料水の影響を受けますし、ストロンチウム同位体比は土壌の影響を受けます。両方の値を利用することで精度良く住んでいた場所の推測ができるのです。

 

では年代はどうやって調べたでしょうか。

 

身体の箇所によって構成する原子の入れ替わり速度が違うことを利用します。

 

例えば大腿骨は頻繁に原子が入れ替わるので、亡くなる直前の飲食の影響が現れています。一方で、歯のエナメル層は原子がほとんど入れ替わらないので、幼少期の状態が残っています。

 

論文では、リチャード3世の複数の骨や歯をそれぞれ同位体分析することで、生活していた場所と年代の関係を調べたのです。その結果として、最初に書いたようなリチャード3世のイギリス国内での行動を明らかにできたわけです。

 

 

さて、リチャード3世の話はこれくらいにして、もう一つ別の論文を紹介しましょう。こちらは古代ローマが対象です。

 

古代ローマ人の食生活とは。

f:id:hjk_sci:20220106031632j:plain

図3 古代ローマの食事。


2021年のScience Advance誌に掲載された論文によれば、西暦80年頃の古代ローマ人が摂取していたタンパク質のうち約25%が海産物由来であることが分りました8)

 

2000年近くも前の食生活をどうやって定量的に調べたのでしょうか。文献調査だけでは難しいですよね。

 

実は、遺骨の同位体分析よって故人の食生活まで調べることができるのです。

 

では分析手法の概略を説明していきましょう。

 

ここでポイントは、牛肉や魚など食べ物によって、それら自身の同位体比が異なることです。なんで?と気になる人はやはり参考文献2,3,4)を読んでほしいですが、簡単に言えば食べてるものが違うからです。

 

飲食物の原子が身体に取り込まれるという話を上でしましたね。家畜や魚も同じです。植物も同様で、地中から栄養を吸収しますから、そこに含まれる原子が取り込まれます。

 

何を食べるかによって、身体の同位体比が変化します。

 

そして僕ら人間で考えると、例えばステーキや焼き魚、そしてサラダをどんな配分で食べてきたかによって身体の同位体比が決まります。逆に身体の同位体比を調べれば、食生活をある程度推測できるのです。

 

もう一つ分析手法としてのポイントは、遺骨に含まれる20種類のアミノ酸を、種類ごとに同位体分析するところです。

 

食べ物によって炭素や窒素の含有率は違いますし、体内でのアミノ酸合成経路も異なっています。そういった情報も加味すると、古代の食生活を精度良く推定できるわけです9)

 

では、論文の話に戻りましょう。

 

論文では、古代ローマの港町ヘルクラネウムの遺跡で見つかった遺骨を同位体分析しています。そして、古代ローマ人穀物、陸上動物(肉や牛乳など)、海産物をどんな割合で食べていたかを見積もっています。

 

分析結果によると、最初に書いたように摂取していたタンパク質のうち約25%が海産物由来でした。現代の地中海沿岸の国々では、その割合が10%以下ですから、非常に高い割合なのが分かります10)

 

平均的な男女間差を見ると、女性は男性よりも陸上動物を多く食べていて、男性は女性より海産物を多く食べていました。

 

ただ男性のデータはばらつきが大きく、海産物を沢山食べている男性もいれば、女性と同等の人もいます。

 

ヘルクラネウムが港町であることを考えれば、海産物の消費量が多いことはある程度納得できます。では、男女差をどう考えればよいでしょうか。

 

当時、新鮮な魚は高級で、地位の高い人が主に食べていました。女性に比べて男性の方が地位の高い人が多かったことは想像できますね。

 

そして遺骨には様々な地位の男性が含まれていて、地位によって食生活が大きく異なっていただろうと推察できます。

 

地位の高い男性たちは宴会などで魚を食べながら、「ブルータス、お前も魚か」などと言いながら盛り上がっていたのかもしれません。




さて、皆さんは同位体分析の結果をどのように見てきたでしょうか。

 

今後、考古学者たちは同位体分析という強力なツールを使って、歴史上の人物を根掘り、葉堀り、いや墓掘って調べていくでしょう。

 

教科書を書き換えるような発見が続々と出てくるかもしれません。期待しましょう。



【参考文献】

  1. Angela L. et al.,  Multi-isotope analysis demonstrates significant lifestyle changes in King Richard III, J. Archaeol. Sci. 50, 559 (2014)
  2. 和田 英太郎 他、土壌中の窒素・炭素同位体組成。地球化学 14、7 −15(1980)
  3. 陀安 一郎 他、同位体環境学がえがく世界:2021 年版 
  4. 蔦谷 匠、安定同位体分析を用いた霊長類生態学。霊長類研究、 34 巻 1 号 p. 17-30 (2018)
  5. Wikipedia「リチャード3世」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%893%E4%B8%96_(%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E7%8E%8B)
  6. Appleby J., et al., The scoliosis of Richard III, last Plantagenet King of England: diagnosis and clinical significance. Lancet 383(9932), 1944 (2014)
  7. 奈良文化財研究所研究報告 第17冊 (2016) 藤原宮跡出土馬の研究:[8]
  8. Soncin S, et al., High-resolution dietary reconstruction of victims of the 79 CE Vesuvius eruption at Herculaneum by compound-specific isotope analysis. Sci Adv. 7(35), eabg5791 (2021)
  9. Whiteman J.P. et al., A guide to using compound-specific stable isotope analysis to study the fates of molecules in organisms and ecosystems. Diversity 11(1), 8 (2019)
  10. Balanza R. et al., Trends in food availability determined by the Food and Agriculture Organization's food balance sheets in Mediterranean Europe in comparison with other European areas. Public Health Nutr. 10(2), 168 (2007)



本記事は下記クラブのご協力を得ています。

面白い文章を書けるようにするクラブ CAMPFIREコミュニティ