サイエンスの香りがする日記

実体験や最新の科学技術をコミカルに綴ります。

ブレインテック最前線。ニューロフィードバックは本物か。

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「脳×テクノロジー」のブレインテックの最前線で、「ニューロフィードバック」が注目を集めている。

 

恐怖を感じる、勉強する、運動する。それぞれの状況で、脳は特定の領域を活性化させる。

普段、そうした脳の状態を僕らは知ることができない。

しかし、ニューロフィードバック技術を使えば、脳の活動状態をリアルタイムで可視化できる。さらには、脳神経の配線を希望する状態に書き換えることもできるのだ。

 

この技術を使えば、鬱病を治療できたり、人の好みを変えたり、運動機能を向上させたりもできる。

 

この文章だけ読むと、「なんか胡散臭いなぁ。。。」と思うかもしれない。

 

ところが近年になってニューロフィードバックを利用した研究はNatureやScienceなどの権威ある雑誌に続々と掲載されている。さらには、二重盲検という信頼性の高い手法でその効果が実証されているのだ。

 

もしやニューロフィードバックって本当に効果があるのでは?と思わずにはいられなくなってきた。

 

ニューロフィードバックの実施方法

基本となるのは、被験者の脳を脳波計MRIで測定することだ。

 

フィードバックの方法は研究によって様々で、例えば被験者の前にディスプレイを置き、丸い円を見せる。

 

脳の測定結果を基に、脳が期待する状態に近づくと、円が大きくなるように設定しておく。すなわち、脳の状態を円の大きさとして被験者にフィードバックするわけだ(図1)。

 

被験者は「円が大きなるようにイメージして下さい」と指示される。

 

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図1 ニューロフィードバックの様子。


まるで念力のようだ。最初はどうやればいいか分からないだろう。人によっては時間がかかるが、あぁでもない、こうでもないと唸っているうちに円を大きくするコツを掴むようになる。

 

こうやって脳の状態を被験者にフィードバックしながら、脳の特定の領域を活性化させたり、逆に抑制したりするのだ。



さてここから、ニューロフィードバックの有効性を示した4つの研究を紹介していこう。

 

精神疾患の改善

 2019年にNature姉妹紙に掲載された論文では、軍人のメンタル改善を試みている1,2)

 

軍人の3人に1人が心的外傷後ストレス障害を患うという報告がある。鉄の心を持っていそうな屈強な軍人も戦争に行くと、心へのダメージが大きいのだろう。

 

感情の中枢と呼ばれる脳の扁桃体が過剰に活発化すると、精神疾患を発症することが知られている(図2)。そこで論文では、扁桃体の状態を被験者にフィードバックし、その活動を抑制するようにトレーニングしたのだ。

 

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図2 脳を側面および正面から見た図。図中の赤い部分が扁桃体


実験では、扁桃体の状態をフィードバックしたグループ”扁桃体”と、脳の別の特性をフィードバックしたグループ”対照群”を準備している。そしてこの割り当ては2重盲検だ。

 

2重盲検では、実験する研究者とフィードバックを受ける被験者の両方とも誰がグループ”扁桃体”なのか分からない。

 

なぜそうするか。

 

被験者は自分がグループ”扁桃体”だと分かると、「あぁ、なんかビンビン来てるわぁ」と思ってしまい、それ自体が効果を発揮してしまう。いわゆるプラセボ効果だ。

 

研究者の方も、目の前にいる被験者がグループ”扁桃体”だと分かると、「この人に反応が出たら、Natureに論文を出せちゃうかも」という感情が顔に出てしまい、それが被験者に伝わる。

 

これらの影響を排除できる2重盲検は信頼性の高い実験手法なのだ。

 

この論文では、ニューロフィードバックによってグループ”扁桃体”だけが有意にメンタルを改善できたと報告している。



②恐怖の克服

 ヘビやゴキブリなど自分が怖いと思っているものを見た時、心拍数が上がったり、手に汗をかいたりする。

 

こういった恐怖反応を低減する方法が2018年の米国アカデミー紀要の論文で提案されている3,4)

 

この研究も2重盲検で行われている。

 

例えばヘビをとても怖がる人がいたとしよう。ヘビを見た時、その人の脳は恐怖を示す状態になる。

 

論文の実験では、被験者はMRIで脳を測定されながら、ディスプレイに映る円を大きくしようと努力する。

 

円の大きさは脳状態がヘビを見た時に近づくほど大きくなる。そして被験者は円を大きくできるほど沢山の金銭報酬を受け取れるというルールだ(図3)。

 

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図3 ヘビを見た時の脳状態になると、金銭報酬を受け取れる。


このトレーニングを実施すると、”ヘビを見た時の脳の状態”は被験者にとって好ましい状態になる。

 

結果として、実際にヘビを見た時の恐怖感を低減できるのだ。

 

ここでポイントは、被験者はニューロフィードバック中に”ヘビを見る必要が無い”という点だ。被験者は目の前の円を大きくしようとしただけである。

 

被験者は無意識のうちにヘビへの恐怖心を克服できるのだ。



③集中力を高める

 何かの作業している時に、一瞬だけ他のことを考えてしまって思わぬミスすることがある。

 

例えば、車の運転中に一時停止を見逃してしまったり、コーヒーに塩を入れてしまったり。

 

2015年にNature姉妹紙に掲載された論文では、集中力を高めてこういったミスを無くすトレーニングを提案している5,6)

 

被験者はMRIで測定されながら、集中力テストを受ける。このテストでは、屋外もしくは室内の背景と人の顔が重なった複数の画像を連続的に見せられる(図4)。

 

そして、室内が映ったときはボタンを押し、屋外が映った時はボタンを押さないように指示される。

 

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図4 集中力テストで表示される画像例。


見せられる画像が100枚とすると、90枚は室内で、残りが屋外だ。すなわち大半の場合はボタンを押す必要がある。

 

たまに出てくる屋外画像を見逃してボタンを押してしまってはいけない。

 

集中力の継続が試されるテストなのだ。

 

さて、このテストでニューロフィードバックをどう使うか。

 

テスト中、MRIによって被験者の集中状態を把握する。そして、集中力が欠けてきたら、背景に重ねている人の顔を強調する。逆に集中力が上がったら人の顔を透明にして、背景を見えやすくする(図5)。

 

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図5 集中力のフィードバック。


これは被験者にとって報酬と罰なのだ。

 

集中力が高まれば報酬として問題が簡単になり、集中力が低下すると罰として問題が難しくなる。

 

集中力を高めるインセンティブが被験者に働くというわけだ。

 

実験では比較として、集中力とは関係ない脳の状態をフィードバックしたグループも準備している。

 

フィードバックを取り入れた集中力テストを実施した後に、フィードバック無しで同様のテストを行った。その結果、集中の度合いをフィードバックしたグループだけが後半のテストの正答率を向上できたのだ。



④運動能力の向上

 ”メンタル”、”恐怖”、”集中力”という、いかにも脳が関わりそうな要素へのニューロフィードバックの効能を紹介してきた。

 

最後は運動能力だ。

 

考えてみれば運動だって脳がコントロールしている。

 

2020年に神経科学の専門誌に掲載された論文では、脳の補足運動野をターゲットにしている7)。補足運動野は体の動き出しに関わる領域だ。

 

被験者はMRIで測定されながら、ディスプレイ上にアナログ温度計を見せられる。温度の値は補足運動野の活動状態を反映させている(図6)。

 

被験者はディスプレイ上の温度が上がるように念じることで、補足運動野を活性化させるのだ。

 

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図6 補足運動野の活性状態を温度で表示。


続いて運動能力の評価。

 

指をキーボードに置き、画面に緑ランプが点いたら、できるだけ速くキーを押す。赤いランプの場合は押してはいけない(図7)。

 

実験の結果、補足運動野を活性化させると、緑ランプが点灯してからキーを押すまでの時間が有意に短くなることが分かったのだ。

 

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図7 運動能力の評価。


今後、何に使われていくか

 ニューロフィードバックを使った様々な論文を紹介してきた。

 

ここまで読んでくれた方の中には、ニューロフィードバック関連の商品をポチりたくなっている人もいるかもしれない。

 

それは待ってほしい。あくまでニューロフィードバックはまだ研究段階だ。

 

例えば精神疾患に対しては現在のところ投薬が標準治療だし、今後もそうだろう。

 

安易に怪しい商品に飛びついてはいけない。

 

では将来ニューロフィードバックが活躍する分野はどこだろうか。

 

僕としては英語学習での応用を期待したい。

 

英語を勉強していて、「ネイティブスピーカーの脳に書き換えてほしい」と思ったことはないだろうか。

 

僕は頻繁に思っている。

 

単語を覚えられなかったり、聴き取れなかったり、うまく発音できなかったり。そんな時は脳の配線を書き換えられれば良いのにと思っていた。

 

リスニングに関しては、ニューロフィードバックを使った研究がある。LとRの音を聴き分ける能力を向上させるという論文が出ているのだ8)

 

同じように発音練習にもニューロフィードバックを取り入れるのはどうだろう。

 

過去の研究を調べると、口の周りの筋電や超音波センサーで取得した舌の動きを発音練習にフィードバックする試みはあるようだ9,10)

 

これらよりも脳の状態をニューロフィードバックした方が効果が高くはならないだろうか。

 

東大の暦本教授は、研究とは“新しいクレームを提示して、それを立証する”ことと定義している11, 12)

 

クレームというのは研究を一文で説明するものであり、正誤が客観的に判定できる言明だ。

 

では、こんなクレームを立ててみる。

 

「ニューロフィードバックを用いて、英語発音中の脳の状態がネイティブスピーカーに近づくようにトレーニングすることで発音を改善できる。」

 

これはまだ僕の妄想であって、上手くいくかは分からない。ただ面白い研究にはなりそうだ。



ニューロフィードバックは本物か。

 

それを判断するためには、自分で研究してみるのが一番良さそうだ。



【参考文献】

  1. Keynan, J.N. et al. Electrical fingerprint of the amygdala guides neurofeedback training for stress resilience. Nat Hum Behav 3, 63–73 (2019).
  2. Young, K.D. Neurofeedback for soldiers. Nat Hum Behav 3, 16–17 (2019).
  3. Kazuhisa S. et al., Perceptual learning incepted by decoded fMRI neurofeedback without stimulus presentation. Science 334, 1413-1415 (2011)
  4. Taschereau-Dumouchel V. et al., Towards an unconscious neural reinforcement intervention for common fears. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 115(13), 3470-3475 (2018)
  5. deBettencourt, M., Cohen, J., Lee, R. et al. Closed-loop training of attention with real-time brain imaging. Nat Neurosci 18, 470–475 (2015).
  6. Awh, E., Vogel, E. Attention: feedback focuses a wandering mind. Nat Neurosci 18, 327–328 (2015).
  7. Al-Wasity S. et al., Upregulation of Supplementary Motor Area Activation with fMRI Neurofeedback during Motor Imagery. eNeuro 22;8(1), ENEURO.0377-18 (2020)
  8. Chang M. et al., Unconscious Improvement in Foreign Language Learning Using Mismatch Negativity Neurofeedback: a preliminary study. PLoS ONE 12(6): e0178694 (2017)
  9. YANG Xu et al., The EMG measurement of facial muscles in pronouncing English words. Proceedings of the 2016 JSME conference on Robotics and Mechatronics, 15-2, 1P2-J04.
  10. ウィルソン 他, 超音波を用いた調音の指導と研究. 日本音響学会, 70(10), 560-564 (2014)
  11. 暦本 純一, 妄想する頭 思考する手 想像を超えるアイデアのつくり方. 祥伝社 (2021)
  12. 暦本 純一, 研究法について (https://www.slideshare.net/rekimoto/claim-62836813) (2021年3月15日アクセス)

 

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