ヒエログリフは紀元前3000年から400年ごろの古代エジプトで使われていた象形文字です。テレビやネットのエジプト特集で見たことがある人も多いでしょう。
例えばクイズ番組“世界ふしぎ発見”なんて、もう新しい不思議は残ってないだろ!くらいにエジプトの特集をやってますよね。そこでもヒエログリフを見かけたように思います。
そのヒエログリフですが、ロゼッタストーンの発見に端を発し、フランスの天才ジャン・フランソワ・シャンポリオンとイギリスの天才トマス・ヤングが競い合いながら解読されていきました(1)。
最終的にはシャンポリオンが解読しきり、歴史に名を刻んだものの、途中まではヤングが一歩リードしていました。
そのヤングの解読を妨げたのが、雰囲気で凄そうなことを言っていた過去の偉人達だったのです。
ヒエログリフはその見た目の神秘性から、多くの人の興味を惹き、数々の偉人たちが独自の解釈を示してきました。
西暦120年ごろに活躍したギリシャの歴史家プルタルコスは、「ヒエログリフの魚は憎悪を表す。なぜなら、魚でいっぱいの海が、生命の源であるナイルを氾濫させるからだ。」と主張していました。
また、プルタルコスと同じ頃に著述家として活躍したアレクサンドリアのクレメンスは、「ヒエログリフは日常を描いた絵に見えて、実は鳥にも植物にも容器にも、もっと壮大な意味が込められていて、神秘性が強いものだ。」と考えていたようです。
さらに、西暦400年頃に活躍したエジプトの神官ホラポロは、「古代エジプト人は、神か、あるいは崇高なものを記号化したい時はタカを描く。他の鳥と違ってタカは真っ直ぐに飛び立てる。」と解釈していました。
このように数々の偉人達が、ヒエログリフの絵の一つ一つが神秘的なシンボルを表すと主張してきたわけです。
そして、この考え方が1000年以上も積み重なり、デファクトスタンダードとなっていきました。
ところがです。
なんと、これらの解釈のほとんどはデタラメで、偉人達のまったくの空想でした。
(2)
漢字のように文字そのものが意味を持つものを表意文字と言います。一方、アルファベットのように意味を持たず音でしかない文字は表音文字です。
過去の偉人達はヒエログリフを表意文字と捉えて、神秘的な意味を見出していたんですね。
ところが、ヒエログリフはほとんどが表音文字なのです(一部は表意文字です)。
例えば、ヒエログリフと、近い音のアルファベットを対応させると、フクロウの形をした文字は‘’m‘’、うずらの雛は‘‘u’’、パンは“t”になります。
これらの文字を組み合わせて単語を作り、そして単語になって意味を持つのです。つまり、ヒエログリフ一文字で何かの崇高な意味を持つわけではないのです。
ヒエログリフは表意文字である、という1000年以上も塗り固められた思考の枠がヤングの発想を邪魔しました。表意文字ではなく表音文字であると、考え方を変えられなかったのです。こうして、どっちが先に解読できるかレースでシャンポリオンに負けてしまったわけです。
逆に、その思考の枠を飛び出して、表音文字を基礎とするヒエログリフの文字体系を明らかにしたシャンポリオンが凄すぎると言うべきかもしれません。
過去からの間違ったデファクトスタンダードが思考の邪魔をするというのは、身近でもありそうです。僕も、会社の偉い人が、実は適当に言ったことを鵜呑みにしていることがあるかもしれません。
皆さんも周りで似た事例がないか考えてみると、良い発想ができるかもしれませんね。
【参考文献】
(1) エドワード・ドルニック、ヒエログリフを解け:ロゼッタストーンに挑んだ英仏ふたりの天才と究極の解読レース
(2) 三田紀房 、インベスターZ
【注釈】
ヒエログリフはほとんどが表音文字ですが、一部は表意文字です。ヒエログリフの表音文字は子音しかなく、母音がありません。このため、表音文字だけだと意味が一意に決まらないのです。そこで、単語の最後に決定詞という一文字で意味を持つ表意文字のヒエログリフがくっつき、読解を補助してくれます。詳しくは下記Webサイトを参照。
https://www.hituzi.co.jp/hituzigusa/category/rensai/hieroglyph/page/3/
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