世界中で約1.5億人が苦しんでいる。
日本の総人口を上回る人数だ。みなさんは何を想像するだろうか。
ユニセフが発表した統計データによると1)、5歳未満の子供1.5億人が栄養失調であり、そしてそれが原因で発育不良状態なのだ。
乳幼児期の栄養はその後の発達に非常に重要だ。特に2歳までの栄養が不十分だと、免疫系や神経系の発達に影響が出てくる。
もちろん世界的に問題視されており、貧困国のそういった子供たち向けに栄養治療食品が配られている。
ところが栄養治療食品を食べても症状が改善しない子供たちがいる2,3)。食品が身体に合わないのか、食事以外の要因が影響しているのか。まだまだ不明な点が多いのが現状だ。
この問題に立ち上がったのがワシントン大学のジェフリー・ゴードン教授である。彼は他の人とは違う視点から問題に取り組んでいる。
子供たちの腸内細菌だ。
ゴードン教授の研究グループは子供の腸内細菌をコントロールすることで発育不良を改善しようとしている。
ヨーグルトを食べさせるってこと?と思っただろうか。
そんな簡単な話じゃない。ゴードン教授らは膨大な実験をこなし、腸内細菌をコントロールする技術を磨いてきた。そしてその努力が今まさに実ろうとしているのだ。
2014年にNatureに掲載されたゴードン教授の論文では、バングラディシュの子供たちのウンチを分析して腸内細菌の状態を調べている4)。
一言で腸内細菌と言っても、1種類の細菌ではなく沢山の種類の細菌で構成されている。その構成パターンが子供の状態によって変わってくるわけだ。
まずゴードン教授は健康な子供のウンチを使い、成長に伴ってどのように腸内細菌パターンが変わっていくかを明らかにした。
続いて、栄養不足による発育不良の子供たち。彼らの腸内細菌はどうなっていたか。
発育不良の子供たちの腸内細菌は同年代の健康な子供に比べて未発達だったのだ。本来成長するに従って増えるはずの腸内細菌が増えていなかった。
この結果を見て、「じゃあ健康な子の腸内細菌を移植すればいいんじゃね?」と思うの早計だ。
腸内細菌が発育不良の原因なのか結果なのかまだ分からない。
これを明らかにしたのが2016年にScienceに載ったゴードン教授の論文だ5)。
ゴードン教授らは無菌マウスを準備して、そのマウスに健康な子供と発育不良の子の腸内細菌を移植した。腸内細菌がマウスの成長にどう影響するかを見たかったのだ。
さて、どうなったか。
発育不良の子供の腸内細菌を移植したマウスは成長が著しく悪くなったのだ。さらに血液成分を分析すると、成長に関わる分子の量が低下していた。やはり腸内細菌が発育不良の原因の可能性が高い。
結果としては僕らも予想した通りだったが、きちんとデータで示すところがさすがのゴードン教授である。
NatureやScienceに論文を投稿している教授と、TwitterやInstagramに駄文を投稿している僕らではモノが違う。
さて目標は明らかになった。子供たちの腸内細菌パターンを改善することだ。
ゴードン教授は腸内細菌パターンを改善する健康補助食品を作ることにした。
その結果は2019年のScienceに掲載されている6,7)。しかも論文2本同時掲載だ。
まず無菌のマウスと豚を準備し、発育不良の子供の腸内細菌を移植した。そして様々な食材を食べさせ、その効果を分析したのだ。
さすがゴードン教授と唸らせられるが食材の選択である。あくまで貧困国で手に入る低価格の食材だけを使っている。
松坂牛を食べれば健康になりますよ、なんて結果を出しても意味がない。論文を出すための研究ではなく、あくまで貧困国の子供たちを助けるための研究なのだ。
実験の結果から、マウスと豚の腸内細菌を改善し、血液中の成長因子を増加させた食材を組み合わせて3種類のプロト食品を作りだした。
さらに、その食品をバングラデシュの発育不良の子供達に食べてもらった。すると、試した食品のうち1種類の食品が腸内細菌パターンを健康な子供のそれへと近づけたのだ。さらに血液中の成長因子を増加させることも確認できた。
これで子供たちを救える。
。。。とはまだならない。
ゴードン教授の歩みはこんな所では止まらない。
開発した健康補助食品が本当に有効であるかを調べるため、バングラデシュで臨床試験を行ったのだ。
本年2021年にその結果がThe New England Journal of Medicineに掲載された8)。
発育不良の子供を約60人ずつの2グループに分け、1つのグループにはゴードン教授が開発した健康補助食品を、もう1つのグループには現在使われている補助食品を一定期間食べてもらった。
さてどうなったか。
結果は明白だ。
ゴードン教授の健康補助食品を食べた子供たちは、腸内細菌パターンが改善し、血液中の成長因子が増加し、そして身体が大きく成長していた。
世界中1.5億人の子供を救う健康補助食品がついに完成したのだ。
腸内細菌という当時は誰も目をつけなかった観点に着目し、着実にエビデンスを積み上げ、そして臨床試験での成功にまで至った。
ゴードン教授の努力の結晶とも言える食品だろう。
Most people think of microbes in war-like terms as enemies. We study the microbiome of humans and see microbes as friends, as companions9).
ほとんどの人は微生物を戦争のように敵として考えています。私たちはヒトの微生物たちを研究し、微生物を仲間として、そして友人として見ているのです。
Jeffrey Gordon
ジェフリー・ゴードン
【参考文献】
- UNICEF-WHO-The World Bank: Joint child malnutrition estimates - levels and trends - 2021 edition
- Dewey K.G. Reducing stunting by improving maternal, infant and young child nutrition in regions such as South Asia: evidence, challenges and opportunities, Matern. Child. Nutr. 12 Suppl 1(Suppl 1), 27-38 (2016)
- Ashraf H. et al. A follow-up experience of 6 months after treatment of children with severe acute malnutrition in Dhaka, Bangladesh. J. Trop. Pediatr. 58(4), 253-257 (2012)
- Subramanian, S., et al. Persistent gut microbiota immaturity in malnourished Bangladeshi children. Nature 510, 417–421 (2014).
- lanton L.V. et al. Gut bacteria that prevent growth impairments transmitted by microbiota from malnourished children. Science 351(6275) aad3311 (2016).
- Gehrig J.L. et al. Effects of microbiota-directed foods in gnotobiotic animals and undernourished children. Science, 365, eaau4732-eaau4732 (2019)
- Raman A.S. et al. A sparse covarying unit that describes healthy and impaired human gut microbiota development. Science 365, eaau4735-eaau4735 (2019)
- Chen R.Y. et al. A microbiota-directed food intervention for undernourished children. N. Engl. J. Med. 384(16), 1517-1528 (2021)
- Interview with Jeffrey Gordon, winner of the Frontiers of Knowledge Award in Biology and Biomedicine
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