「健康になりたかったら、お母さんのウンチを食べなさい。」
赤ちゃんに向かって思わずこんな事を言いたくなる論文を紹介しよう。
僕らの大腸の中には、1000種類、100兆個の細菌が住んでいて腸内細菌と呼ばれている。
近年、腸内細菌に関する数多くの論文が出ており、腸内細菌の状態が健康と密接に関わる事が明らかになってきた。どの種類の腸内細菌がどのくらい存在するか?等のようなことと、健康との関係が少しずつ分かってきたのだ。
腸内細菌は生物学系における最もホットな研究領域と言ってもいいだろう。
例えば、安倍元総理が患っている炎症性腸疾患。これも腸内細菌の影響が大きな原因であると報告されている1)。
安倍元総理も体調に相当気を使っていたと思うが、腸内細菌をコントロールするのは奥さんをコントロールするのと同じくらい難しいわけだ。
腸内細菌が影響を及ぼすのはもちろん腸だけではない。
2015年にカナダの研究グループから発表された論文では、食物アレルギーとの関連を調べている2)。生後1年経過するまでに食物アレルギーを発症した子はそうでない子に比べて腸内細菌の多様性が低かったという結果が出ている。
さらに腸内細菌は脳にも影響するという報告もある。2019年にCellに掲載された論文によれば、自閉症の患者の腸内細菌をマウスに移植すると、そのマウスが自閉症の症状を示すというのだ3)。
腸内細菌は腸にも免疫系にも脳にも関わってくるとなると、僕らが腸内細菌を住まわせてあげていると言うより、腸内細菌の乗り物として僕らが存在しているような気もしてくる。
さて、こんな重要な腸内細菌の状態はどうやって決定されるのだろうか。
食事や住環境が関わるのは想像に難く無い4)。
そしてもう一つが遺伝である。
ある2人組の腸内細菌を比較した場合、関係のない2人組よりも二卵性双生児の方が、二卵性双生児よりも一卵性双生児の方が腸内細菌の状態が似ていたのだ5)。
さらによくよく考えてみると、そもそも僕らはお母さんのお腹の中にいる時は無菌状態だ。ではいつ腸内細菌を獲得するか。
出産の時である。
お母さんの産道を通るときに細菌を浴びることになる。このため出産直後の赤ちゃんの腸内細菌はお母さんの産道と似た状態になる6-8)。
勘の良い読者はある疑問を持っただろう。
帝王切開の場合はどうなるのか?
通常分娩の場合と異なり、帝王切開の場合は赤ちゃんが産道を通らない。するとどうなるか。
帝王切開の場合、出産直後はお母さんの皮膚や病院にいる細菌が住み着くことになる。通常分娩の時とは全く異なる状況になるわけだ6-8)。
ただし出産方法に関わらず、生後1年くらいかけて食事や環境そして遺伝の影響で徐々にお母さんに似た腸内細菌の状態になってくるようだ。
ここで気になるのが、通常分娩と帝王切開で赤ちゃんに差があるかだろう。
2018年にスウェーデンの研究グループが発表した論文では、100万人以上の子供を調査し、通常分娩に比べて帝王切開の場合は食物アレルギーになる確率が約20%高まると報告している9)。
ここまでに紹介した論文から次のような仮説が浮かび上がってくる。
帝王切開の場合は通常分娩に比べて腸内細菌の多様性が低く、成長に伴って食生活や遺伝によって多様性を獲得していくものの、免疫系の成長に重要な乳児期の腸内細菌の状態によって食物アレルギーを発症しやすくなる。
腸内細菌はまだまだ基礎研究の段階であり、論文の結果も相関を示しているのか、因果まで示しているのかはっきりしない場合も多い。
それでもここまで論文を並べていくと、帝王切開の影響を心配してしまうだろう。
ではどうするか。
ここで皆さんお待ちかねのお母さんのウンチの登場だ。
本年2020年にCellに掲載された論文では、帝王切開で生まれた赤ちゃんにお母さんのウンチを食べさせるという実験を行なっている10)。
母乳にウンチを3.5mgほど混ぜて食べさせており、混ぜている量は非常に微量なのでコーヒーミルクみたいにはならないだろう。
実験結果は期待通り、ウンチを食べさせることで、赤ちゃんの腸内細菌を通常分娩の子と似た状態へと変化させられた。
ただし、赤ちゃんがその後どう成長していったかの調査は行われておらず、健康への影響は分からない。
魅力的な結果ではあるが、現時点で自分の赤ちゃんにウンチを食べさせるのはやめておこう。
それでも複数の研究成果から、腸内細菌は僕らの体に多大な影響を与えている事が分かってきているし、そして腸内細菌を人為的にコントロールする手法も見つかりつつある。
“爪の垢を煎じて飲む”という言葉があるが、それは賢人の細菌を獲得しようという意味だったのかもしれない。
そして将来、“お母さんのウンチを溶かして飲む”という言葉が普通に使われている可能性もありそうだ。
【参考文献】
- Lavelle, A. et al., Gut microbiota-derived metabolites as key actors in inflammatory bowel disease. Nat Rev Gastroenterol Hepatol 17, 223–237 (2020)
- Azad M.B. et al. Infant gut microbiota and food sensitization: associations in the first year of life. Clin Exp Allergy 45, 632-643 (2015)
- Sharon G. el al., Human Gut Microbiota from Autism Spectrum Disorder Promote Behavioral Symptoms in Mice. Cell 177 (6), 1600-1618 (2019)
- David, L. et al. Diet rapidly and reproducibly alters the human gut microbiome. Nature 505, 559–563 (2014)
- Goodrich J.K. et al., Human genetics shape the gut microbiome. Cell 6, 159(4), 789-799 (2014)
- Dominguez-Bello, M.G. et al. Delivery mode shapes the acquisition and structure of the initial microbiota across multiple body habitats in newborns. Proc. Natl Acad. Sci. USA 107, 11971–11975 (2010)
- Backhed F. et al., Dynamics and Stabilization of the Human Gut Microbiome during the First Year of Life. Cell Host Microbe. 17(5):690-703 (2015)
- Shao, Y. et al. Stunted microbiota and opportunistic pathogen colonization in caesarean-section birth. Nature 574, 117–121 (2019).
- Mitselou N. et al., Cesarean delivery, preterm birth, and risk of food allergy: Nationwide Swedish cohort study of more than 1 million children. J. Allergy Clin. Immunol. 142(5):1510-1514 (2018)
- Korpela K., el al., Maternal Fecal Microbiota Transplantation in Cesarean-Born Infants Rapidly Restores Normal Gut Microbial Development: A Proof-of-Concept Study. Cell 177(6) 1600-1618 (2020)
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