「ありの〜♪ままの〜♪すがた見せるのよ〜♪」
アナと雪の女王を見ながらテーマソングを歌う娘を横目に僕は
「大人になったら、そんな事は言ってられないよ。」
と、呟きながら頭皮を必死にマッサージしている。
ハゲてきた時にこの歌を素直に歌える人はどれだけいるのか。そんなのは髪の余裕は無いが、お金の余裕はある孫正義氏やニコラスケイジくらいじゃないだろうか。
元プロ野球選手のイチローは「コントロール出来ないことには関心を持たない」と言った。
たしかにその通りだ。
僕らはハゲをコントロールできると信じている。だから頭皮をマッサージするし、育毛剤を頭に振りかけているのだ。
世界中の研究者も同様だ。ハゲは克服できるものだと考えて研究を進めている。ハゲの原因の一つは、皮膚にある体毛を生み出す細胞の劣化だ。このため、ハゲ克服を目指して世界中で皮膚再生の研究が行われている。
そしてその思いが結実しつつある。
皮膚再生の起点となったのは2001年。
毛根付近に、皮膚に分化できる幹細胞が発見されたのだ1)。この幹細胞を使えば皮膚を再生できるかもしれないと大きく期待が膨らんだ。
そして2004年、科学雑誌Natureの姉妹紙とCellに革新的な論文が発表された2,3)。
マウスの皮膚にある幹細胞を取り出し、体外で培養して増殖させてから再びマウスに移植。その結果、移植した皮膚から毛が生える事を実証したのだ。
さらにここからはES細胞やiPS細胞を使った研究が進展してくる。
ES細胞やiPS細胞の誕生が発表された時、多くの人々が心臓や肝臓などの臓器の再生を夢見たことだろう。
一方、薄毛界隈では、「臓器なんかより頭皮を再生してくれ」と口々に言っていた(知らんけど)。
2014年、iPS細胞を利用した論文がNature姉妹紙に掲載された4)。
ヒトiPS細胞を皮膚幹細胞へと分化させ、それをマウスに移植する事で、毛の生える皮膚の再生が可能である事が示された。
そして本年2020年、Natureにさらなる進展が発表された5, 6)。
ヒトES細胞を用いて、体毛を含むほぼ完全な形の皮膚を再生したのだ(図1)。
図1 体毛を含む皮膚の再生6)。
皮膚は複数種類の細胞から形成されている。そこで、ES細胞を複数の条件で培養し、段階的に分化させることで、毛を生やす細胞だけでなく神経細胞なども含む皮膚組織の球体を作製した。
それをマウスに移植すると、見事に皮膚と融合して毛を生やす事に成功したのだ。
将来的には、皮膚組織を工場で大量に生産し、頭が寂しくなった人に移植するという治療が誕生するだろう。
夢に描いた治療が実現するかもしれない。
僕らの髪の毛とおでこの境界線は後退しつつあるかもしれないが、科学の最前線は着実に前進しているのだ。
My hair is not receding, but I’m moving forward.
(髪の毛が後退しているのではない。私が前進しているのだ。)
Masayoshi Son(孫正義)
【参考文献】
- Toma, J. et al. Isolation of multipotent adult stem cells from the dermis of mammalian skin. Nat Cell Biol 3, 778–784 (2001).
- Morris, R. et al. Capturing and profiling adult hair follicle stem cells. Nat Biotechnol 22, 411–417 (2004).
- Blanpain, C. et al. Self-renewal, multipotency, and the existence of two cell populations within an epithelial stem cell niche. Cell 118, 635-648 (2004).
- Yang, R., et al. Generation of folliculogenic human epithelial stem cells from induced pluripotent stem cells. Nat Commun 5, 3071 (2014).
- Lee, J. et al. Hair-bearing human skin generated entirely from pluripotent stem cells. Nature 582, 399–404 (2020).
- Leo L.W. et al., Regenerative medicine could pave the way to treating baldness. Nature News and Views 582, 343-344 (2020).
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