冬になれば加湿器を使い、夏になるとエアコンで除湿する。そういう人も多いのではないだろうか。
僕も絶対湿度計を買って、頻繁に湿度を確認している。
湿度が身体に及ぼす影響はよく研究されているし1)、保湿が肌の炎症を防ぐという結果もあるので2)、湿度をコントロールしながら生活するのは悪い事ではないだろう。
一方で、僕らがどのようなメカニズムで湿度を認識しているか考えた事はあるだろうか。
身体の周囲の状況を把握することは大切だ。そのため僕らには感覚器が備わっている。
目を使って周りの景色を把握する。目には光の情報を脳に伝えるセンサーがある。
耳を使って周りの音を把握する。耳には音の情報を脳に伝えるセンサーがある。
では、僕ら人間が湿度を感知している器官はどこだろうか。
湿度センサーはどこにあるか皆さんはご存知だろうか。
え?
知らない?
ボーっと生きてんじゃねーよ!!!
答えは、
「人間には湿度を感知する器官は存在しない」だ3)。
そんなバカなぁ!と思うかもしれないが、無いものは無い。正確に言えば、見つかっていない。
ではどうやって湿度を認識しているのだろうか。
いったん話をずらして他の生き物の話をしてみよう。
ある生き物は湿度を感知するための器官を持っている。
想像がつくだろうか。
ゴキブリである4)。
どうやらマニアな研究者がいるようで、ゴキブリの感覚器は良く調べられている。
ゴキブリには湿度を感知するための小さな突起がある。
周囲の湿度が高いときは吸湿して膨らみ、湿度が低いときは水分が蒸発して縮む。このような突起物の変形を湿度情報として取得しているわけだ。
アイツらはなかなか凄い特技を持っていたのだ。
今後部屋でゴキブリを見つけた時は、即座に全集中の呼吸で葬り去るのではなく、「あ、コイツには湿度を検知できる特技があったな」と思い出してあげてほしい。
さて、人間の話に戻そう。
人間の湿度感知方法について考えるうえでの重要な論文が出たのは2014年。
米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載された論文では、線虫の湿度感知について報告している5)。
線虫は下図のような線のように細い形状の生物だ。
線虫は全遺伝子情報が明らかになっており、実験モデルとして頻繁に使われている。
線虫は、湿度の高い場所と低い場所の間に置かれると、湿度の低いほうに向かって動く。つまり、湿度を感知できるわけだ。
そこで研究者は、湿度感知に関わりそうな線虫の遺伝子を一つずつ削除していった。どの遺伝子を削除すると湿度感知機能が無くなるかを見つけようとしたのだ。
その結果、温度感知に関わる遺伝子と機械刺激(皮膚を押されるような刺激)の感知に関わる遺伝子のどちらか一方でも削除すると、線虫は湿度を感知できない事が判明した。
どうやら線虫は温度と機械刺激の情報から湿度を判断しているようだ。
周囲の湿度が変わると、体表からの水分の蒸発速度が変化する。蒸発熱によって体表の温度も変化する。
そしてゴキブリと同様に、水分の蒸発具合によって体表がわずかに変形するだろう。このわずかな変形を機械刺激として受け取り、温度の情報と組み合わせて湿度として認識しているようだ。
人間にも温度と機械刺激を感知する能力があり、線虫と同様のメカニズムで湿度を認識している可能性がある。
ヒトを実験対象として、湿度ではないが肌が濡れている事の感知については研究されている6)。
その研究では、水が肌から蒸発して冷える事を模擬したスピードで被験者の背中を冷やしてみた。すると、被験者は肌が本当に濡れていると感じたのだ。
また、その冷やしている肌に圧力を加えると、感じ方が変化するという結果が出ている。
このように過去の研究を見てみると、人間が湿度を感じるメカニズムはまだ分かっていない事も多い。それでも重要なポイントをひとつ導き出せる。
それは僕らが湿度という概念を脳内で作り出していると言う事だ。
湿度を直接感知するセンサーを持たない僕らは、温度と機械刺激の情報から湿度を類推しており、湿度は幻覚と言っても大きくは外れていないだろう。
湿度感覚が脳内で作られていると考えれば、「心頭を滅却すれば火もまた涼し」という言葉のように、湿度の感じ方も自分でコントロールできるのかもしれない。
【参考文献】
- Wolkoff P. Indoor air humidity, air quality, and health - An overview. Int. J. Hyg. Environ. Health 221(3), 376-390 (2018)
- Seltmann K., el al., Humidity-regulated CLCA2 protects the epidermis from hyperosmotic stress. Sci. Transl. Med. 10(440), eaao4650 (2018)
- Filingeri D. Humidity sensation, cockroaches, worms, and humans: are common sensory mechanisms for hygrosensation shared across species? J. Neurophysiol. 114(2): 763–767 (2015)
- Tichy H. and Kallina W., Insect hygroreceptor responses to continuous changes in humidity and air pressure. J. Neurophysiol. 103(6), 3274-3286 (2010)
- Russell J., Humidity sensation requires both mechanosensory and thermosensory pathways in Caenorhabditis elegans. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 111(22):8269-8274 (2014)
- Filingeri D. et al., Thermal and tactile interactions in the perception of local skin wetness at rest and during exercise in thermo-neutral and warm environments. Neuroscience 258, 121-130 (2014)
本記事は下記クラブのご協力を得ています。
面白い文章を書けるようにするクラブ - CAMPFIRE (キャンプファイヤー)