サイエンスの香りがする日記

実体験や最新の科学技術をコミカルに綴ります。

老齢になると交友関係を広げようとしなくなる科学的な理由

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若い頃は六本木でウェイウェイしていた人たちも、中年にもなると家族第一、Love&Peaceなどと言いながら家族との時間を大切にするようになっていく。

 

自分の可能性を広げるため!と異業種交流会に何度も参加していた人たちも、いつの間にか選択と集中!などと言いながら気の合う仲間とだけつるむようになってくる。

 

多かれ少なかれ似たような変化をたどる人が多いのではないだろうか。

 

過去の調査研究を見ても、若い人は交友関係を広げていき、中年を境として歳を取るに連れて交友関係を狭めていくという統計データが出ている1,2)

 

僕自身を考えても、友達100人できるかな♪と歌っていた頃から、友達なんて数人で十分だよ、なんて感じにいつの間にか変わってきている。

 

この心理変化の裏にはどんなメカニズムがあるのだろうか。

 

スタンフォード大学の心理学の教授ローラ・カーステンセン氏は、社会情動的選択性理論(Socioemotional Selectivity Theory)を提唱している3,4)

 

この理論では、自分の余命をどう見積もるかが僕たちの活動に大きく影響する。

 

人生が無限に続くように感じる若い人は、新しい知識や交友関係を獲得して自分の枠を広げようとする。一方、自分の余命の短さを感じる高齢者は精神的満足度を高めようと、交友関係を狭めて気の合う仲間との時間を大切にする。

 

この理論のポイントは、大事なのは実年齢ではなく、自分の残りの人生の長さをどう見積もっているかである。

 

たとえ若い人であっても、残された時間の少なさを意識すると、自分の可能性を広げる事よりも、高齢者のように精神的満足度を重視するようになるという理論なわけだ。

 

カーステンセン氏は、米国同時多発テロSARSなどの危機的なイベントの発生、さらにはHIVに感染するなどにより人生の短さを意識するようになると、若い人でも高齢者と似た振る舞いをするようになると報告している5,6)

 

社会情動的選択性理論に関する論文を読むと、確かにそうかもなと思わせてくれる。一方で、その理論に疑問を投げかける論文もある7)

 

毎日、今日が人生最後の日だとしたら何をやるだうろかと問い続けてiPhoneを作ったスティーブ・ジョブズもいる。

 

人生の残りが少ないと感じたときに、穏やかな生活を求める人もいれば、むしろ逆にチャレンジできる人もいるように思えるのだ。

 

さて真実はどこにあるだろうか。

 

この社会情動的選択性理論は、人間以外の動物では成立しないはずだ。なぜなら、自分の余命を計算しながら、どう行動するかを決める動物は、人間ぐらいなものだからだ。

 

実は、これを実際に検証した研究がある。

 

本年2020年にScience誌に掲載された論文では、ウガンダの野生チンパンジーを長期に渡って観察することで社会情動的選択性理論を検証している8,9)

 

チンパンジーは「ワイの人生は残り少ないし、友達を増やさんでもええわ」といった自分の余命を想像したり、それを基に行動する認知機能を持っていないと考えられているのだ。

 

余命を想像できない状態で年老いると交友関係がどう変化するか。ヒトが対象では実施できない実験だ。

 

著者がチンパンジーを観察した年数はなんと1995年から2016年の20年間。総観察時間78,000時間だ。並の根性ではないが、チンパンジー界に警察がいたら、間違いなくストーカーで逮捕されていただろう。

 

さて、観察結果はどうなったか。

 

チンパンジーは歳を取るごとに、親密な相手と過ごす時間が増えていった。

 

若い頃は自分に興味を持たない相手にも積極的に毛づくろいをする。それは交友関係を広げようとしているかのようだ。

 

一方、高齢になるとそのような時間は減り、特定の相手と互いに毛づくろいをする時間が多くなる。信頼できる相手との時間を大切にするようになるのだ。

 

すなわち、一方的な行動が減って、友好的な行動が増加していったのだ。

 

どうやらチンパンジーには自分の余命を考える能力が無くても、老化に伴って人間と同様の行動変化が起こるようだ。

 

ここからは推察になるが、このような行動変化の原因はやはり老化に伴う肉体的変化ではないか。

 

肉体的変化が起点となって、余命を短く見積もるようになる変化と精神的満足度を優先するようになる変化が両方発生しているように思える。

 

社会情動的選択性理論が主張している余命の認識と老化に伴う行動変化の関係は因果ではなく相関だったのかもしれない。

 

このScience論文のみで社会情動的選択性理論が完全に否定された訳では無いと思うが、こうやって最新の研究によって人間自身への理解がアップデートされていくのは非常にワクワクするものだ。



【参考文献】

  1. Wrzus, C. et al.,  Social network changes and life events across the life span: A meta-analysis. Psychol. Bull. 139(1), 53–80 (2013)
  2. English, T. et al., Selective Narrowing of Social Networks Across Adulthood is Associated With Improved Emotional Experience in Daily Life. Int J Behav Dev. 38(2) 195–202 (2014)
  3. Carstensen, L. The Influence of a Sense of Time on Human Development. Science 312(5782), 1913–1915 (2006)
  4. Carstensen, L. et al., Taking time seriously: A theory of socioemotional selectivity. Am. Psychol. 54(3), 165–181 (1999)
  5. Fung, H. et al., Goals change when life's fragility is primed: Lessons learned from older adults, the September 11 attacks and sars. Soc. Cognit. 24(3), 248–278 (2006)
  6. Carstensen, L. et al., Influence of HIV status and age on cognitive representations of others. Health Psychol. 17(6), 494–503 (1998)
  7. Grühn, D., et al., The limits of a limited future time perspective in explaining age differences in emotional functioning. Psychol. Aging 31(6), 583–593 (2016)
  8. Rosat,  A.G. et al., Social selectivity in aging wild chimpanzees. Science 370(6515) 473-476 (2020)
  9. Silk J. The upside of aging. Science 370(6515) 403-404 (2020)

 

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