サイエンスの香りがする日記

実体験や最新の科学技術をコミカルに綴ります。

優秀なメンターに指導してもらうと優秀になれるのだろうか?

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効率的な独学の技術を身に付けるとコロナ禍においても黙々と成長できる。

 

そうは言っても、「メンターのような人に指導して欲しい」、「並走してくれる存在が欲しい」と思っている人も多いのではないか。

 

僕はそうだ。

 

過去の研究によれば、メンターの存在が弟子の将来の成果に大きく影響を及ぼす事が統計解析で示されている1,2)

 

アリストテレスのメンターはプラトンで、プラトンのメンターはソクラテスだ。

 

彼ら賢人たちもメンターがいなければ大成しなかったかもしれない。

 

鬼滅の刃の炭治郎も鱗滝さんがいなければ、判断の遅いただの炭売りの少年で終わっていたかもしれない。

 

では、どんなメンターが弟子を成長させてくれるのだろうか。

 

大きな成果を挙げているメンターほど、優秀な弟子を育てるのだろうか。

 

研究者を対象にして少し想像してみよう。

 

iPS細胞の開発でノーベル賞を受賞した山中教授が助教のポジションを公募した場合を考えてみる。

 

おそらく世界中から応募がある。

 

例えば、下記の人達が応募したとしよう。

 

和文論文にしか投稿したことの無い日本人の菅くん。

ポスドクになりたてで実績の無いアメリカ人のバイデンくん。

・世界でもっとも権威ある学術雑誌Natureに論文を載せたことのあるニュージーランド人のアーダーンさん。

 (実在の人物や能力とは一切関係ありません。)

 

良い成果を出して欲しい山中教授は実績を見てアーダーンさんを採用するはずだ。

 

そして5年後。

 

アーダーン助教は期待通りの成果を出し、国際学会で著名な賞を受賞。

 

その結果を見て、「あぁ、やっぱり優秀な研究者がメンターとして指導すると、弟子も大成するんですね」という話になったら、

 

ちょ、待てよ!

 

と言いたくなるだろう。

 

優秀な研究者のところには優秀な人材が集まってくる。

 

メンターの指導によって成果が出たのか、元々優秀な人材だったから成果が出たのか。これらの要素を分けて分析するのは簡単ではないのだ。

 

この問題への解決策を見出したのが、2020年に米国アカデミー紀要に掲載された論文である3)

 

この論文では、1960年から2017年の間に総計100万本以上の論文を執筆した3万7千人以上のメンターとその弟子のデータを解析している。

 

まず、メンターとその弟子のペアをグループ分けする。このグループ分けが秀逸なので例を挙げて図解しよう。

 

例えばメンターとして龍王院さんと山田さんがいたとする。1990年の時点で、彼らは同等の業績を出していた。ここでは同等の業績のメンターには似た才能を持った弟子が集まるという仮定を置く。

 

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龍王院さんと山田さんを分ける基準は何か。

 

龍王院さんは1990年以降に次々と大きな成果を挙げ、2015年には世界的な賞を受賞するに至った。鬼滅の刃で言えば柱クラスの研究者になったのだ。

 

一方で、山田さんはそこまでの成果は出せず、柱クラスにはなれなかった。

 

ここでのポイントは、弟子がメンターを選んだ時点では、将来にメンターが柱クラスになれるかは分からないという点である。

 

このような基準でグループ分けして解析することで、「優秀なメンターの所に優秀な人材が集まる」という要素を取り除きつつ、「優秀なメンターの弟子は大きな成果を挙げるかどうか」を解明しようとしたのだ。
 

さて、龍王院さんと山田さんではどちらの弟子達が大成していただろうか。

 

結果は期待通り龍王院さんの弟子。

 

すなわち将来にメンターが柱クラスになる場合の方が弟子は大きな成果を挙げていた。やはり柱クラスになるメンターからは良質なフィードバックが得られ、優秀な弟子が育つようだ。

 

もう一つ面白い結果が出ている。メンターの専門領域とは別の領域に進んだ弟子の方が沢山の成果を出していたのだ。守破離の重要性が実証されたかのようなデータである。

 

優秀なメンターというのは、自分の専門領域に直接関わる技術だけでなく、研究者としての基盤となる本質的な能力を高めてくれるのだろう。

 

メンターの真髄とはそういった部分にあるのかもしれない。



The value of an education is not the learning of many facts but the training of the mind to think something that cannot be learned from textbooks. 

 

教育の価値とは、多くの事実を学ぶことではなく、教科書では学べないことを考える知性を鍛えることにある。



Albert Einstein

 

アルベルト・アインシュタイン




【参考文献】

  1. Malmgren, R. et al., The role of mentorship in protégé performance. Nature 465, 622–626 (2010)
  2. Liénard, J.F. et al. Intellectual synthesis in mentorship determines success in academic careers. Nat. Commun. 9, 4840 (2018)
  3. Ma Y. et al., Mentorship and protégé success in STEM fields, PNAS 17(25), 14077-14083 (2020)

 

本記事は下記クラブのご協力を得ています。特に本文中の図はふろむださんにご作成頂きました。

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僕らはどうやって湿度を認識しているのか。

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冬になれば加湿器を使い、夏になるとエアコンで除湿する。そういう人も多いのではないだろうか。

 

僕も絶対湿度計を買って、頻繁に湿度を確認している。

 

湿度が身体に及ぼす影響はよく研究されているし1)、保湿が肌の炎症を防ぐという結果もあるので2)、湿度をコントロールしながら生活するのは悪い事ではないだろう。

 

一方で、僕らがどのようなメカニズムで湿度を認識しているか考えた事はあるだろうか。



身体の周囲の状況を把握することは大切だ。そのため僕らには感覚器が備わっている。

 

目を使って周りの景色を把握する。目には光の情報を脳に伝えるセンサーがある。

 

耳を使って周りの音を把握する。耳には音の情報を脳に伝えるセンサーがある。

 

では、僕ら人間が湿度を感知している器官はどこだろうか。

 

湿度センサーはどこにあるか皆さんはご存知だろうか。



え?



知らない?




ボーっと生きてんじゃねーよ!!!




答えは、

 

「人間には湿度を感知する器官は存在しない」だ3)

 

そんなバカなぁ!と思うかもしれないが、無いものは無い。正確に言えば、見つかっていない。

 

ではどうやって湿度を認識しているのだろうか。



いったん話をずらして他の生き物の話をしてみよう。

 

ある生き物は湿度を感知するための器官を持っている。

 

想像がつくだろうか。



ゴキブリである4)



どうやらマニアな研究者がいるようで、ゴキブリの感覚器は良く調べられている。

 

ゴキブリには湿度を感知するための小さな突起がある。

 

周囲の湿度が高いときは吸湿して膨らみ、湿度が低いときは水分が蒸発して縮む。このような突起物の変形を湿度情報として取得しているわけだ。

 

アイツらはなかなか凄い特技を持っていたのだ。

 

今後部屋でゴキブリを見つけた時は、即座に全集中の呼吸で葬り去るのではなく、「あ、コイツには湿度を検知できる特技があったな」と思い出してあげてほしい。



さて、人間の話に戻そう。

 

人間の湿度感知方法について考えるうえでの重要な論文が出たのは2014年。

 

米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載された論文では、線虫の湿度感知について報告している5)

 

線虫は下図のような線のように細い形状の生物だ。

 

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線虫は全遺伝子情報が明らかになっており、実験モデルとして頻繁に使われている。

 

線虫は、湿度の高い場所と低い場所の間に置かれると、湿度の低いほうに向かって動く。つまり、湿度を感知できるわけだ。

 

そこで研究者は、湿度感知に関わりそうな線虫の遺伝子を一つずつ削除していった。どの遺伝子を削除すると湿度感知機能が無くなるかを見つけようとしたのだ。

 

その結果、温度感知に関わる遺伝子と機械刺激(皮膚を押されるような刺激)の感知に関わる遺伝子のどちらか一方でも削除すると、線虫は湿度を感知できない事が判明した。

 

どうやら線虫は温度と機械刺激の情報から湿度を判断しているようだ。

 

周囲の湿度が変わると、体表からの水分の蒸発速度が変化する。蒸発熱によって体表の温度も変化する。

 

そしてゴキブリと同様に、水分の蒸発具合によって体表がわずかに変形するだろう。このわずかな変形を機械刺激として受け取り、温度の情報と組み合わせて湿度として認識しているようだ。

 

人間にも温度と機械刺激を感知する能力があり、線虫と同様のメカニズムで湿度を認識している可能性がある。

 

ヒトを実験対象として、湿度ではないが肌が濡れている事の感知については研究されている6)

 

その研究では、水が肌から蒸発して冷える事を模擬したスピードで被験者の背中を冷やしてみた。すると、被験者は肌が本当に濡れていると感じたのだ。

 

また、その冷やしている肌に圧力を加えると、感じ方が変化するという結果が出ている。



このように過去の研究を見てみると、人間が湿度を感じるメカニズムはまだ分かっていない事も多い。それでも重要なポイントをひとつ導き出せる。

 

それは僕らが湿度という概念を脳内で作り出していると言う事だ。

 

湿度を直接感知するセンサーを持たない僕らは、温度と機械刺激の情報から湿度を類推しており、湿度は幻覚と言っても大きくは外れていないだろう。

 

湿度感覚が脳内で作られていると考えれば、「心頭を滅却すれば火もまた涼し」という言葉のように、湿度の感じ方も自分でコントロールできるのかもしれない。



【参考文献】

  1. Wolkoff P. Indoor air humidity, air quality, and health - An overview. Int. J. Hyg. Environ. Health 221(3), 376-390 (2018)
  2. Seltmann K., el al., Humidity-regulated CLCA2 protects the epidermis from hyperosmotic stress. Sci. Transl. Med. 10(440), eaao4650 (2018)
  3. Filingeri D. Humidity sensation, cockroaches, worms, and humans: are common sensory mechanisms for hygrosensation shared across species? J. Neurophysiol. 114(2): 763–767 (2015)
  4. Tichy H. and Kallina W., Insect hygroreceptor responses to continuous changes in humidity and air pressure. J. Neurophysiol. 103(6), 3274-3286 (2010)
  5. Russell J., Humidity sensation requires both mechanosensory and thermosensory pathways in Caenorhabditis elegans. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 111(22):8269-8274 (2014)
  6. Filingeri D. et al., Thermal and tactile interactions in the perception of local skin wetness at rest and during exercise in thermo-neutral and warm environments. Neuroscience 258, 121-130 (2014)

 

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老齢になると交友関係を広げようとしなくなる科学的な理由

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若い頃は六本木でウェイウェイしていた人たちも、中年にもなると家族第一、Love&Peaceなどと言いながら家族との時間を大切にするようになっていく。

 

自分の可能性を広げるため!と異業種交流会に何度も参加していた人たちも、いつの間にか選択と集中!などと言いながら気の合う仲間とだけつるむようになってくる。

 

多かれ少なかれ似たような変化をたどる人が多いのではないだろうか。

 

過去の調査研究を見ても、若い人は交友関係を広げていき、中年を境として歳を取るに連れて交友関係を狭めていくという統計データが出ている1,2)

 

僕自身を考えても、友達100人できるかな♪と歌っていた頃から、友達なんて数人で十分だよ、なんて感じにいつの間にか変わってきている。

 

この心理変化の裏にはどんなメカニズムがあるのだろうか。

 

スタンフォード大学の心理学の教授ローラ・カーステンセン氏は、社会情動的選択性理論(Socioemotional Selectivity Theory)を提唱している3,4)

 

この理論では、自分の余命をどう見積もるかが僕たちの活動に大きく影響する。

 

人生が無限に続くように感じる若い人は、新しい知識や交友関係を獲得して自分の枠を広げようとする。一方、自分の余命の短さを感じる高齢者は精神的満足度を高めようと、交友関係を狭めて気の合う仲間との時間を大切にする。

 

この理論のポイントは、大事なのは実年齢ではなく、自分の残りの人生の長さをどう見積もっているかである。

 

たとえ若い人であっても、残された時間の少なさを意識すると、自分の可能性を広げる事よりも、高齢者のように精神的満足度を重視するようになるという理論なわけだ。

 

カーステンセン氏は、米国同時多発テロSARSなどの危機的なイベントの発生、さらにはHIVに感染するなどにより人生の短さを意識するようになると、若い人でも高齢者と似た振る舞いをするようになると報告している5,6)

 

社会情動的選択性理論に関する論文を読むと、確かにそうかもなと思わせてくれる。一方で、その理論に疑問を投げかける論文もある7)

 

毎日、今日が人生最後の日だとしたら何をやるだうろかと問い続けてiPhoneを作ったスティーブ・ジョブズもいる。

 

人生の残りが少ないと感じたときに、穏やかな生活を求める人もいれば、むしろ逆にチャレンジできる人もいるように思えるのだ。

 

さて真実はどこにあるだろうか。

 

この社会情動的選択性理論は、人間以外の動物では成立しないはずだ。なぜなら、自分の余命を計算しながら、どう行動するかを決める動物は、人間ぐらいなものだからだ。

 

実は、これを実際に検証した研究がある。

 

本年2020年にScience誌に掲載された論文では、ウガンダの野生チンパンジーを長期に渡って観察することで社会情動的選択性理論を検証している8,9)

 

チンパンジーは「ワイの人生は残り少ないし、友達を増やさんでもええわ」といった自分の余命を想像したり、それを基に行動する認知機能を持っていないと考えられているのだ。

 

余命を想像できない状態で年老いると交友関係がどう変化するか。ヒトが対象では実施できない実験だ。

 

著者がチンパンジーを観察した年数はなんと1995年から2016年の20年間。総観察時間78,000時間だ。並の根性ではないが、チンパンジー界に警察がいたら、間違いなくストーカーで逮捕されていただろう。

 

さて、観察結果はどうなったか。

 

チンパンジーは歳を取るごとに、親密な相手と過ごす時間が増えていった。

 

若い頃は自分に興味を持たない相手にも積極的に毛づくろいをする。それは交友関係を広げようとしているかのようだ。

 

一方、高齢になるとそのような時間は減り、特定の相手と互いに毛づくろいをする時間が多くなる。信頼できる相手との時間を大切にするようになるのだ。

 

すなわち、一方的な行動が減って、友好的な行動が増加していったのだ。

 

どうやらチンパンジーには自分の余命を考える能力が無くても、老化に伴って人間と同様の行動変化が起こるようだ。

 

ここからは推察になるが、このような行動変化の原因はやはり老化に伴う肉体的変化ではないか。

 

肉体的変化が起点となって、余命を短く見積もるようになる変化と精神的満足度を優先するようになる変化が両方発生しているように思える。

 

社会情動的選択性理論が主張している余命の認識と老化に伴う行動変化の関係は因果ではなく相関だったのかもしれない。

 

このScience論文のみで社会情動的選択性理論が完全に否定された訳では無いと思うが、こうやって最新の研究によって人間自身への理解がアップデートされていくのは非常にワクワクするものだ。



【参考文献】

  1. Wrzus, C. et al.,  Social network changes and life events across the life span: A meta-analysis. Psychol. Bull. 139(1), 53–80 (2013)
  2. English, T. et al., Selective Narrowing of Social Networks Across Adulthood is Associated With Improved Emotional Experience in Daily Life. Int J Behav Dev. 38(2) 195–202 (2014)
  3. Carstensen, L. The Influence of a Sense of Time on Human Development. Science 312(5782), 1913–1915 (2006)
  4. Carstensen, L. et al., Taking time seriously: A theory of socioemotional selectivity. Am. Psychol. 54(3), 165–181 (1999)
  5. Fung, H. et al., Goals change when life's fragility is primed: Lessons learned from older adults, the September 11 attacks and sars. Soc. Cognit. 24(3), 248–278 (2006)
  6. Carstensen, L. et al., Influence of HIV status and age on cognitive representations of others. Health Psychol. 17(6), 494–503 (1998)
  7. Grühn, D., et al., The limits of a limited future time perspective in explaining age differences in emotional functioning. Psychol. Aging 31(6), 583–593 (2016)
  8. Rosat,  A.G. et al., Social selectivity in aging wild chimpanzees. Science 370(6515) 473-476 (2020)
  9. Silk J. The upside of aging. Science 370(6515) 403-404 (2020)

 

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論文をいろいろ調べてみたら、赤ちゃんにウンチを食べさせたくなってきた。

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「健康になりたかったら、お母さんのウンチを食べなさい。」

 

赤ちゃんに向かって思わずこんな事を言いたくなる論文を紹介しよう。



僕らの大腸の中には、1000種類、100兆個の細菌が住んでいて腸内細菌と呼ばれている。

 

近年、腸内細菌に関する数多くの論文が出ており、腸内細菌の状態が健康と密接に関わる事が明らかになってきた。どの種類の腸内細菌がどのくらい存在するか?等のようなことと、健康との関係が少しずつ分かってきたのだ。

 

腸内細菌は生物学系における最もホットな研究領域と言ってもいいだろう。

 

例えば、安倍元総理が患っている炎症性腸疾患。これも腸内細菌の影響が大きな原因であると報告されている1)

 

安倍元総理も体調に相当気を使っていたと思うが、腸内細菌をコントロールするのは奥さんをコントロールするのと同じくらい難しいわけだ。

 

腸内細菌が影響を及ぼすのはもちろん腸だけではない。

 

2015年にカナダの研究グループから発表された論文では、食物アレルギーとの関連を調べている2)。生後1年経過するまでに食物アレルギーを発症した子はそうでない子に比べて腸内細菌の多様性が低かったという結果が出ている。

 

さらに腸内細菌は脳にも影響するという報告もある。2019年にCellに掲載された論文によれば、自閉症の患者の腸内細菌をマウスに移植すると、そのマウスが自閉症の症状を示すというのだ3)

 

腸内細菌は腸にも免疫系にも脳にも関わってくるとなると、僕らが腸内細菌を住まわせてあげていると言うより、腸内細菌の乗り物として僕らが存在しているような気もしてくる。

 

さて、こんな重要な腸内細菌の状態はどうやって決定されるのだろうか。

 

食事や住環境が関わるのは想像に難く無い4)

 

そしてもう一つが遺伝である。

 

ある2人組の腸内細菌を比較した場合、関係のない2人組よりも二卵性双生児の方が、二卵性双生児よりも一卵性双生児の方が腸内細菌の状態が似ていたのだ5)

 

さらによくよく考えてみると、そもそも僕らはお母さんのお腹の中にいる時は無菌状態だ。ではいつ腸内細菌を獲得するか。

 

出産の時である。

 

お母さんの産道を通るときに細菌を浴びることになる。このため出産直後の赤ちゃんの腸内細菌はお母さんの産道と似た状態になる6-8)

 

勘の良い読者はある疑問を持っただろう。



帝王切開の場合はどうなるのか?



通常分娩の場合と異なり、帝王切開の場合は赤ちゃんが産道を通らない。するとどうなるか。

 

帝王切開の場合、出産直後はお母さんの皮膚や病院にいる細菌が住み着くことになる。通常分娩の時とは全く異なる状況になるわけだ6-8)

 

ただし出産方法に関わらず、生後1年くらいかけて食事や環境そして遺伝の影響で徐々にお母さんに似た腸内細菌の状態になってくるようだ。

 

ここで気になるのが、通常分娩と帝王切開で赤ちゃんに差があるかだろう。

 

2018年にスウェーデンの研究グループが発表した論文では、100万人以上の子供を調査し、通常分娩に比べて帝王切開の場合は食物アレルギーになる確率が約20%高まると報告している9)

 

ここまでに紹介した論文から次のような仮説が浮かび上がってくる。

 

帝王切開の場合は通常分娩に比べて腸内細菌の多様性が低く、成長に伴って食生活や遺伝によって多様性を獲得していくものの、免疫系の成長に重要な乳児期の腸内細菌の状態によって食物アレルギーを発症しやすくなる。

 

腸内細菌はまだまだ基礎研究の段階であり、論文の結果も相関を示しているのか、因果まで示しているのかはっきりしない場合も多い。

 

それでもここまで論文を並べていくと、帝王切開の影響を心配してしまうだろう。

 

ではどうするか。

 

ここで皆さんお待ちかねのお母さんのウンチの登場だ。

 

本年2020年にCellに掲載された論文では、帝王切開で生まれた赤ちゃんにお母さんのウンチを食べさせるという実験を行なっている10)

 

母乳にウンチを3.5mgほど混ぜて食べさせており、混ぜている量は非常に微量なのでコーヒーミルクみたいにはならないだろう。

 

実験結果は期待通り、ウンチを食べさせることで、赤ちゃんの腸内細菌を通常分娩の子と似た状態へと変化させられた。

 

ただし、赤ちゃんがその後どう成長していったかの調査は行われておらず、健康への影響は分からない。

 

魅力的な結果ではあるが、現時点で自分の赤ちゃんにウンチを食べさせるのはやめておこう。

 

それでも複数の研究成果から、腸内細菌は僕らの体に多大な影響を与えている事が分かってきているし、そして腸内細菌を人為的にコントロールする手法も見つかりつつある。

 

“爪の垢を煎じて飲む”という言葉があるが、それは賢人の細菌を獲得しようという意味だったのかもしれない。

 

そして将来、“お母さんのウンチを溶かして飲む”という言葉が普通に使われている可能性もありそうだ。



【参考文献】

  1. Lavelle, A. et al., Gut microbiota-derived metabolites as key actors in inflammatory bowel disease. Nat Rev Gastroenterol Hepatol 17, 223–237 (2020)
  2. Azad M.B. et al. Infant gut microbiota and food sensitization: associations in the first year of life. Clin Exp Allergy 45, 632-643 (2015)
  3. Sharon G. el al., Human Gut Microbiota from Autism Spectrum Disorder Promote Behavioral Symptoms in Mice. Cell 177 (6), 1600-1618 (2019)
  4. David, L. et al. Diet rapidly and reproducibly alters the human gut microbiome. Nature 505, 559–563 (2014)
  5. Goodrich J.K. et al., Human genetics shape the gut microbiome. Cell 6, 159(4), 789-799 (2014)
  6. Dominguez-Bello, M.G. et al. Delivery mode shapes the acquisition and structure of the initial microbiota across multiple body habitats in newborns. Proc. Natl Acad. Sci. USA 107, 11971–11975 (2010) 
  7. Backhed F. et al., Dynamics and Stabilization of the Human Gut Microbiome during the First Year of Life. Cell Host Microbe. 17(5):690-703 (2015)
  8. Shao, Y. et al. Stunted microbiota and opportunistic pathogen colonization in caesarean-section birth. Nature 574, 117–121 (2019).
  9. Mitselou N. et al., Cesarean delivery, preterm birth, and risk of food allergy: Nationwide Swedish cohort study of more than 1 million children. J. Allergy Clin. Immunol. 142(5):1510-1514 (2018)
  10. Korpela K., el al., Maternal Fecal Microbiota Transplantation in Cesarean-Born Infants Rapidly Restores Normal Gut Microbial Development: A Proof-of-Concept Study. Cell 177(6) 1600-1618 (2020)

 

 

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科学がハゲを克服する。ありのままの姿を見せられる日は近い。

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「ありの〜♪ままの〜♪すがた見せるのよ〜♪」

 

アナと雪の女王を見ながらテーマソングを歌う娘を横目に僕は

 

「大人になったら、そんな事は言ってられないよ。」

 

と、呟きながら頭皮を必死にマッサージしている。

 

ハゲてきた時にこの歌を素直に歌える人はどれだけいるのか。そんなのは髪の余裕は無いが、お金の余裕はある孫正義氏やニコラスケイジくらいじゃないだろうか。



プロ野球選手のイチローは「コントロール出来ないことには関心を持たない」と言った。

 

たしかにその通りだ。

 

僕らはハゲをコントロールできると信じている。だから頭皮をマッサージするし、育毛剤を頭に振りかけているのだ。

 

世界中の研究者も同様だ。ハゲは克服できるものだと考えて研究を進めている。ハゲの原因の一つは、皮膚にある体毛を生み出す細胞の劣化だ。このため、ハゲ克服を目指して世界中で皮膚再生の研究が行われている。

 

そしてその思いが結実しつつある。



皮膚再生の起点となったのは2001年。

 

毛根付近に、皮膚に分化できる幹細胞が発見されたのだ1)。この幹細胞を使えば皮膚を再生できるかもしれないと大きく期待が膨らんだ。

 

そして2004年、科学雑誌Natureの姉妹紙とCellに革新的な論文が発表された2,3)

 

マウスの皮膚にある幹細胞を取り出し、体外で培養して増殖させてから再びマウスに移植。その結果、移植した皮膚から毛が生える事を実証したのだ。

 

さらにここからはES細胞やiPS細胞を使った研究が進展してくる。

 

ES細胞やiPS細胞の誕生が発表された時、多くの人々が心臓や肝臓などの臓器の再生を夢見たことだろう。

 

一方、薄毛界隈では、「臓器なんかより頭皮を再生してくれ」と口々に言っていた(知らんけど)。

 

2014年、iPS細胞を利用した論文がNature姉妹紙に掲載された4)

 

ヒトiPS細胞を皮膚幹細胞へと分化させ、それをマウスに移植する事で、毛の生える皮膚の再生が可能である事が示された。

 

そして本年2020年、Natureにさらなる進展が発表された5, 6)

 

ヒトES細胞を用いて、体毛を含むほぼ完全な形の皮膚を再生したのだ(図1)。

 

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図1 体毛を含む皮膚の再生6)



皮膚は複数種類の細胞から形成されている。そこで、ES細胞を複数の条件で培養し、段階的に分化させることで、毛を生やす細胞だけでなく神経細胞なども含む皮膚組織の球体を作製した。

 

それをマウスに移植すると、見事に皮膚と融合して毛を生やす事に成功したのだ。

 

将来的には、皮膚組織を工場で大量に生産し、頭が寂しくなった人に移植するという治療が誕生するだろう。

 

夢に描いた治療が実現するかもしれない。

 

僕らの髪の毛とおでこの境界線は後退しつつあるかもしれないが、科学の最前線は着実に前進しているのだ。



My hair is not receding, but I’m moving forward. 

(髪の毛が後退しているのではない。私が前進しているのだ。)

 

Masayoshi Son(孫正義



【参考文献】

  1. Toma, J. et al. Isolation of multipotent adult stem cells from the dermis of mammalian skin. Nat Cell Biol 3, 778–784 (2001).
  2. Morris, R. et al. Capturing and profiling adult hair follicle stem cells. Nat Biotechnol 22, 411–417 (2004).
  3. Blanpain, C. et al. Self-renewal, multipotency, and the existence of two cell populations within an epithelial stem cell niche. Cell 118, 635-648 (2004).
  4. Yang, R., et al. Generation of folliculogenic human epithelial stem cells from induced pluripotent stem cells. Nat Commun 5, 3071 (2014).
  5. Lee, J. et al. Hair-bearing human skin generated entirely from pluripotent stem cells. Nature 582, 399–404 (2020).
  6. Leo L.W. et al., Regenerative medicine could pave the way to treating baldness. Nature News and Views 582, 343-344 (2020).

 

 

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最新のレーザ技術で考古学が劇的に発展。教科書が書き換わる新発見が続いている。

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インディ・ジョーンズもこれがあればもっと楽を出来たかもしれない。

 

考古学では、新技術の誕生によって劇的に発展することがある。

 

例えば放射性炭素年代測定によって、遺跡で発掘された物の使用年代が高精度で分かるようになった1)

 

医療現場でよく使われるX線CTを応用することで、調査対象を傷つけずに内部構造を分析できるようになった2)

 

そして近年ここに新しい技術が加わったのだ。

 

それがライダーである。

 

腰にベルトを巻いて、へ〜んしん!!

 

という話ではもちろんなく、

 

ライダー(LiDar: Laser Imaging Detection and Rangingレーザ画像検出と測距)だ。

 

自動運転車や最近ではiPadにも搭載されている画像化技術だ。

 

レーザを対象物に当て、反射して帰ってくるまでの時間を基に、対象物の3次元構造を取得できる。

 

ライダーをドローンなどの航空機に取り付け、上空から観察することで広範囲の地形や構造物の形状が得られるのだ。

 

このライダーを使って遺跡の発見や分析を試みる研究が近年増えてきている3)

 

この話だけを聞くと、Google mapにあるような衛生画像で十分なんじゃないの?と思うかもしれない。

 

しかし衛生画像は宇宙から撮影しているだけあって精度が十分ではない。

 

特にライダーを使うと、樹木で反射した光と、樹木の下に隠れた構造物で反射した光を見分ける事ができる。

 

つまり衛生画像では分からなかった樹木に隠れた遺跡の姿を明らかにできるのだ。

 

2013年に米国アカデミー紀要(PNAS)に掲載された論文では、カンボジアのアンコール遺跡を上空からライダーで観測した4)

 

その結果、格子状に配置された道路や水路が発見され、古代都市としての水利構造が明らかになった。

 

観光地になるほど有名な遺跡であっても、地上で観察しているだけでは分からないことがある。

 

2018年にScience誌に掲載された論文では、マヤ文明の調査のためにグアテマラ北部2000km2以上という広大な範囲をライダーで観測している5)

 

観測データを解析することで、6万個以上の古代の構造物を確認し、当時その場所の人口が1,100万程度もあったという見積もりを算出できた。

 

さらに、家屋が密集している都市と、点在している田舎が存在し、それらが道路で結ばれているという現代と似た社会構造が明らかになったのだ。

 

そしてさらに本年2020年6月。Nature誌に大発見が報告された6,7)

 

メキシコのタバスコ州をライダーで探索したところ、マヤ文明に関する過去最大の構造物を発見したのだ(図1)。

 

その大きさ南北に1,400m、東西に400m、高さ15mという巨大さで、総体積はエジプトのピラミッドをも上回る。

 

マヤ文明時代にどのように使われていたかはまだ不明だが、その形状から季節によって変化する太陽の位置を観測する儀式に使われていたと推測されている。

 

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図1 マヤ文明の巨大遺跡。a. ライダー画像。巨大構造物E groupを確認できる。スケールバーは500mを示す。 b. 利用シーンのイメージ図。Western moundからEastern platformを眺め、太陽の位置を確認する。(参考文献7より引用)

 

 

これほど巨大な構造物がこれまで発見されなかったことを不思議に思うかもしれない。

 

だが、地上を歩いているだけではあまりに大き過ぎて自然の丘なのか構造物なのか判別できなかったのだ。ライダーを使ったからこそ発見できたと言っていいだろう。

 

世界にはまだまだ不思議が隠されている。

 

ライダーがあれば危険を冒してジャングルを探検しなくても、画期的な発見が出来る可能性がある。

 

階段を登るだけでゼィゼィする軟弱な僕らにもチャンスがあるかもしれない。

 

さぁ、ライダーを使ってインディ・ジョーンズに変身だ!



【参考文献】

  1. 岸井 貫,縄文土器の始めと終わり-最近のカーボン14年代測定法の適用-.マテリアルインテグレーション, 13(11), 55-59 (2000)
  2. 辻村 純代,古代エジプトにおける子供の埋葬。ヘレニズム〜イスラーム考古学研究.77-85 (2019)
  3. 早川 裕弌、3次元デジタル技術の地形学・考古学への応用。精密工学会誌。85(3), 243-246 (2019)
  4. Damian H. Evans et al., Uncovering archaeological landscapes at Angkor using lidar, PNAS, 110 (31) 12595-12600 (2013)
  5. Marcello A. Canuto el al., Ancient lowland Maya complexity as revealed by airborne laser scanning of northern Guatemala, Science, 361(6409) (2018)
  6. Inomata, T., et al. Monumental architecture at Aguada Fénix and the rise of Maya civilization. Nature 582, 530–533 (2020).
  7. Patricia A. McAnany, Large-scale early Maya sites in Mexico revealed by lidar mapping technology, Nature News and Views (2020)

 

 

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新型コロナに関する学術論文を読んだら環境問題の難しさが分かった。

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新型コロナ対策で行われた都市ロックダウンのおかげで自然環境は良くなったのでは?

 

人々の動きを止め、感染の蔓延を防ぐため、世界中の都市でロックダウン政策が取られた。

 

工場の稼働停止や自動車の利用量低下などの結果として、自然環境が改善しただろうというのは多くの人が考える予測だろう。

 

それは本当だろうか。論文を見てみよう。

 

Nature姉妹紙に掲載された論文では、世界中の二酸化炭素排出量を計算した結果を報告している1)

 

それによればコロナ影響によって世界全体で排出量が2019年比で17%低下しており、かつてない低下量のようだ。

 

やはり人間が活動を減らせば二酸化炭素は出ない。

 

さらに中国における大気汚染状況を調べた論文がある2-4)

 

調査結果によれば、ロックダウンによって排ガス量が大幅に減少し、その結果PM2.5も減少したというのだ。

 

中国ではAPEC北京オリンピック時に、空を青くするため工場などからの排ガス量を強制的に低下させた事があった。その時の状態をAPEC BlueやOlympic Blueと呼んでいるが、今回はその時以上の効果とのことだ。Corona blueと言ってもいいのかもしれない(違う意味でブルーになっている人も多そうだが)。

 

論文によれば、僕らの期待通り新型コロナによって自然環境は改善していたようだ。

 

こういう報告を読むと考えずにはいられない。新型コロナは地球の怒りなんじゃないだろうか。地球を汚染する人間どもを懲らしめるために放たれたのではないか。

 

新型コロナによって僕らはこれまでの行為を反省させられているのかもしれない。



、、、なんていう風なチープなSFストーリーを語りたいわけじゃない。

 

論文によるとたしかに中国でのPM2.5濃度は低下した。だが一方でオゾン濃度が上昇していた事も明らかになった2-4)

 

オゾンはPM2.5同様に死亡リスクを上昇させる事が報告されており、近年中国では危険視されている大気汚染物質だ5)。オゾンは上空に存在すれば紫外線から僕らを守ってくれる盾なのだが、地表付近に高濃度で存在すると僕らを傷つける毒になってしまうわけだ。

 

似た現象は過去にも見られている6)。2013〜2017年に中国では、政策的にPM2.5を減らそうと努力してきた。

 

その結果としてPM2.5は減ったのだが、オゾンが今回のように増えてしまっていた。

 

PM2.5などの大気中の粒子は紫外線を散乱させてオゾンの生成を防いだり、オゾンの前駆体を吸収する役割を果たしている。このため、PM2.5の減少が逆にオゾンの増加に繋がったと予測されている。

 

オゾンとPM2.5はその量が複雑に関係し合っており、そのメカニズムはまだ明らかになっておらずコントロールが難しい。

 

このように影響し合う複数の要素を同時に最適化するのは思った以上に難しいのだ。環境問題の難しさの一端はここにあるのかもしれない。

 

【参考文献】

  1. Le Quéré, C. et al. Temporary reduction in daily global CO2 emissions during the COVID-19 forced confinement. Nat. Clim. Chang. 10, 647–653 (2020).
  2. He, G., et al. The short-term impacts of COVID-19 lockdown on urban air pollution in China. Nat Sustain (2020).
  3. Le, T. et al., Unexpected air pollution with marked emission reductions during the COVID-19 outbreak in China. Science 369(6504), 702-706 (2020)
  4. Wang, Y. et al.,  Contrasting trends of PM2.5 and surface-ozone concentrations in China from 2013 to 2017, National Science Review, 7, 1331-1339 (2020)
  5. Qian Di, M.S. et al., Air Pollution and Mortality in the Medicare Population. N Engl J Med. 376, 2513-2522 (2017)
  6. Li, K. et al., Anthropogenic drivers of 2013–2017 trends in summer surface ozone in China. PNAS 116 (2) 422-427 (2019)

 

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