大人気のため入場まで80分待ち。
上野駅構内に小さく掲げられた表示を見て僕は苦笑した。
おいおいマジかよ。ディズニーランドじゃないんだからさ。
期待に目を輝かせる娘の手を握りながら、「今日は行くのやめようよ」と危うく口から出そうになるのをぐっとこらえた。
上野にある国立科学博物館では、10月14日まで恐竜博2019が開催されていたのだ。
僕は恐竜に特に思い入れはないし、知識は映画ジュラシックパークで得たものくらいだし、隕石が落ちて絶滅なんてホント運悪いねくらいにしか思っていない。
だけど朝に英会話のレッスンを受けていたら、先生が溢れる胸毛を触りながら「恐竜博が面白いらしいぞ」って言うので、家に戻ってから娘に「恐竜博に行く?」って聞いてみた。
録画していたプリキュアをソファの上で飛び跳ねながら見ていた娘は僕の言葉に素早く反応して、
「行く!」
と叫んだのだ。
若干古びてきた灰色のソファは娘のジャンプに悲鳴を上げているし、プリキュアのエンディングテーマを何度も歌わされている妻は死んだ魚のような目をしているし、何やらマジでキレそうな5秒前である事を感知した僕は家族を恐竜博に連れて行くことにした。
1時間ほどかけてやって来た上野駅で僕達の前に現れた80分待ちの表示。ここで引き返す訳にはいかない。
こんな時に対策を考えるのがパパの務めだ。
ツイッターやネットを使って恐竜博について調べてみると、80分待ちのうち20分はチケット購入の待ち時間で、その後に整理券をもらって60分待ちになることが分かった。しかも実はチケットをオンラインで購入できるらしいのだ。
12時ごろに上野にやってきた僕らにとっては60分は昼食時間でちょうどな感じだ。そんなわけで、僕はオンラインでチケットを購入し、妻が上野駅でおにぎりと肉まんを買って、炭水化物しか無いじゃんなんてことは心の奥にしまって国立科学博物館に向かうことにした。
国立科学博物館に着いてみると、入口の通路は銀色のチェーンで二つに区切られていた。行列ができたチケット購入用の通路とスカスカの入場用の通路だ。
チケット購入の列に並んでいる50人くらいの人たちはみんなスマホと顔の距離を10cmくらいにして渋い顔をしていた。それだけスマホを見つめていれば、オンラインでチケットが購入できることに気付きそうなものだが。
そんな事を思いながらも何も言わずに颯爽とスカスカの入場用通路を歩き、係員にスマホに映した2次元バーコードを見せて整理券をもらった。
情強ここに極まれり。この優越感を得ることが恐竜博の一つの醍醐味かもしれない。
さて、おにぎりと肉まんを食べ終わり、眠気が出てきたところで、ちょうど60分が経過していざ入場である。
整理券を配るくらいなので想像できるように中は人、人、人。恐竜というのは大人気のようだ。
入り口の狭い空間の中央には綺麗なガラスのショーケース。ルパン3世や怪盗キッドが狙う高級な宝石のごとく恐竜の骨が飾られていた。
恐竜デイノニクスの手の骨。ライトアップも何やら神々しい。きっと高級品に違いない。
だが残念ながら僕も娘もデイノニクスなんて知らないし、僕らが見たいのは巨大な恐竜なのだ。人混みをかき分けて、このゾーンは一瞬で通過。
狭い空間を抜けた先は、目の前がぱっと広がり大きな会場が待ち受けていた。あちこちに小さい恐竜の骨が見える。ただそんな恐竜の骨たちよりも、奥にあるガラスケースに何やら人だかりができていて、スマホを構えて写真を撮っている。
なんだなんだ。もしかすると重要な物かもしれないぞ。
こういう時は子供連れが有利なのだ。家族の隊列の先頭に娘を配置し、「娘がどうしても見たいと言うので」という雰囲気を醸し出しながら強引に混雑を突破して先頭へ。目の前には、どこかで見た気がする身体がぬめっとした生物が現れた。
キョトンとする娘。不可解な顔をする妻。
え??サイバイマン??ドラゴンボールの展示会だっけ?
違う違う、恐竜人間らしい。恐竜が絶滅せずにそのまま進化した場合どうなるか。そんな想定をした場合のひとつの結末が恐竜人間。
まぁ想定は面白いけど、僕らが見たいのはこういうのじゃないんだ。サイバイマンは放っておいて、先に進むとやっとこさ巨大な恐竜が現れた。
デイノケイルスの全身復元骨格。全長11mの恐竜だ。巨大な両腕にインパクトがある。
動物園で見るゾウさんよりずっと大きいだろ?娘に聞いてみる。しかし、反応は薄い。
おかしい。こういうのを見たかったんじゃないのか。
さらに先に進むと、一番かっこいいアイツがいた。恐竜といえばこれだろう。
ティラノサウルスのスコッティ。スコットランドで見つかったからスコッティ。
やっぱり恐竜といえばティラノサウルス。こいつが1番カッコいい。
どうだカッコいいだろ?娘に聞いてみる。しかし、反応は薄い。
なぜだ。
まぁ考えてみれば、娘が見たかったのは恐竜であって恐竜の骨ではなかったのかもしれない。きっと肉付きの良い恐竜が見たかったのだろう。恐竜博はここら辺で終わりにしよう。
恐竜博は特別展で、隣で常設展も行われていたが、反応の薄い娘を連れまわす訳にもいかないので、外に出ることにした。
半地下のような位置にある出口を出ると、外は突き抜ける青空。
太陽が眩しい。
擦りながら目を開けると、そこには眼前を覆う巨大な物体。
真っ青な空という海を泳ぐ巨大な生物。
クジラである。
今日見てきたどの恐竜よりも巨大なクジラ。そのインパクトで恐竜の記憶がクジラで一気に上書きされる。
妻も娘も今日1番の目の輝きだ。2人のテンションがウナギのぼりなのがヒシヒシと伝わってくる。
巨大は正義なのだ。
「クジラを見に行きたい!」
2人が声を揃えて言う。恐竜博に入ってから初めて娘の声を聞いた気がする。
そんな2人を見ながら、今日は恐竜を見にきたんだけどな。ちょっと不満げにつぶやく僕。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、僕に向かって2人はまた声を揃えて言う。
「どこに見に行くの!?いつ行くの!?」
分かった分かった。クジラさんの勝ちだ。
僕はパパの務めを果たすために、スマホを手に取った。
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